立山校区のふるさと情報

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立山校区のふるさと情報を掲載しています。年間の主要行事については、これまでの実績に基づき推定しており、正確なものではありません。行事の詳しい内容については、行政機関或いは市制連絡員へお問い合わせてください。
「ふるさと種子島」では、身近な情報や伝統行事・郷土芸能情報などお待ちしています。
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【 立山校区の地域 】

年間主要行事

4月 祈願祭
5月 校区ゲートボール大会、公民館運営協議会
6月  
7月  
8月 六月灯、校区畜産共進会(未定)
9月 合同運動会、カシミヤ号漂着記念祭
10月 市民体育祭、願成就・敬老会・慰霊祭
11月 市内一周駅伝大会
12月  
1月 新春歩こう会
2月  
3月 校区決算総会

【 平成26年度十五夜&カシミヤ号漂着記念祭 】

平成26年9月15日、立山校区でカシミヤ号漂着記念祭を行ないました。また、十五夜もかねて一緒に実施することもあります。ところで、カシミヤ記念祭とは、どういうものなのかというと、アメリカの商船、カシミヤ号が漂着、救助してから平成26年で129年になります。立山の先人の遺徳、美徳を永遠に記憶をとどめ後世に伝えていこうとするもので、その記念祭を行なっているのです。

明治18年9月15日(1885年)、アメリカの商船「カシミヤ号」がオオゴ尻の鼻(石碑が建っている場所)に7名漂着、5日後20日伊関海岸に5名が漂着しています。発見の経緯は、二通りあるのですが、立山で語り継がれているのは、「周吾バーさんがミナ拾いにオオゴ尻に出かけて発見した」とのことが通説になっています。そして、今から23年前、救助100周年記念式典には、アメリカよりマーシャルご夫妻がおいでになり、涙したといいます。

記念祭は、午後5時から行なわれ、漂着地から救助した道を歩いたり、その石碑の前で遺徳を偲ぶというものです。そのあと、立山小学校体育館で、綱引きや相撲を取ったりしました。そして、公民館に地区民が集まり、カシミヤ号遭難の歌などを歌い、先人の美徳を受け継いでいくのです。その記念祭の模様を写真と動画で紹介しています。

カシミヤ号遭難者救助の地入口 米国人漂着地址 遭難者救助の道
カシミヤ号遭難者救助の地入口 米国人漂着地址 遭難者救助の道
県道75号線より立山漁港入口にあるカシミヤ号遭難者救助の地案内板です。ここから、漁港まで300メートルです。 立山漁港にある米国人漂着地址の記念碑です。カシミヤ号の遭難についての詳しい案内板が設置されています。 ここから、細い坂道を歩き、県道を横切り、立山小学校まで、周吾バーさんが息を切らしながら、学校まで歩いて行った道です。
遭難者救助の道出口 記念撮影 綱を運ぶ
遭難者救助の道出口 記念撮影 綱を運ぶ
カシミヤ号遭難者救助の道の県道75号線の出口です。この後方の道を歩いて立山小学校まで通報に行ったといいます。 記念碑の前での記念撮影です。皆さん真剣で笑顔がほとんどなかったですよ。 救助の道を歩き終ると、立山小学校体育館での綱引きと相撲があります。その綱引用の手作りの綱を運んでいるところです。
記念祭のあいさつ カシミヤ号遭難者の歌 宴会での鹿肉の煮込み
記念祭のあいさつ カシミヤ号遭難者の歌 宴会での鹿肉の煮込み
カシミヤ号遭難救助記念祭でのあいさつです。校区長の小倉さんのあいさつで、先人の遺徳や美徳を後世まで残していこうとする記念祭であることなど話していました。 カシミヤ号遭難の歌は、漂着から別れるまでの様子を余すことなく描写しています。 カシミヤ号遭難の歌が終ると、宴会が行なわれます。立山で獲った鹿肉を、校区長の奥さんが上手に煮込んでくれたものが振舞われました。とてもやわらかくそして美味しく出来上がっていました。

【動画コーナー】

平成26年9月15日(月)、十五夜もかねてカシミヤ号漂着記念祭が行われました。その模様を動画で掲載しています。

※ 十五夜&カシミヤ号漂着記念祭を撮影したものです。この動画に中には、子供会の綱引き、相撲、カシミヤ号の歌、余興などを収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島のふるさと情報:カシミヤ号遭難者救助記念祭ドキュメント

【 清和神社六月灯 】

平成21年8月3日、立山校区の氏神である清和神社の六月灯が行なわれました。午後6時から校区役員など関係者が集まり、社殿にて神事が行なわれました。神事は、お祓い、祝詞の奏上、玉串の捧奠などです。神事のあとナオライも行われ、地域の発展など語り合う声が静かに境内に響いていました。

境内には、灯籠も飾られ夕闇とともに、ろうそくの明かりもうっすら映し出され和やかで温かみのある雰囲気が出ていました。子ども会も中心となり、暑い真夏の夜のひと時を楽しんでいました。清和神社の六月灯を掲載しています。

神事〜開始 神事〜祝詞の奏上 神事〜玉串の捧奠
神事〜開始 神事〜祝詞の奏上 神事〜玉串の捧奠
午後6時に社殿にて、神事が開始されました。校区関係者、学校関係者、遺族会、園芸振興会、市役所地域担当者など参列しています。 写真は、神事の祝詞の奏上です。立山の自然の様子、清和神社のこと、家内安全、五穀豊穣などを願い、読み上げていきます。 神事の最後は、玉串の捧奠です。神職から渡された玉串を祭壇に供えていきます。これが終わると、一連の神事も無事終了です。
境内の灯籠 子ども会 ナオライ
境内の灯籠 子ども会 ナオライ
神社境内には、子供会で作られた灯籠を飾っています。自分が書いたものを確認しているのでしょうか? 子ども会の集まりがあり、育成会長が「今夜は、六月灯で楽しみましょう!」などと子どもたちに話していました。 神事が終わると、ナオライが始まります。家内安全、五穀豊穣、豊漁、地域の発展など静かに語り合う時間が訪れます。境内には、蝉の鳴き声とともに、時折、笑い声も聞こえ今宵ひと時が過ぎていきました。今回、ナオライに参加させていただきありがとうございました。

【 清和神社願成就・敬老会 】

平成20年10月25日、立山校区の氏神である清和神社の願成就・敬老会が行なわれました。午後1時30分から校区役員など関係者が集まり神社にて神事が行なわれました。そして、境内にある慰霊塔で引き続き慰霊祭が行なわれました。ところで、立山校区では、伝統芸能である「おつや口説き」を三年前から毎年清和神社にて踊りを奉納し、一般にも公開しています。おつや口説き保存会も結成されその伝承に力を入れています。そして、今年は西之表市制50周年記念事業の実りの秋の郷土芸能大会にも出場を予定しており、益々地域のまとまりも充実しています。無事慰霊祭が行なわれた後、境内で「おつや口説き」が一般に公開し奉納されました。

清和神社の願成就と同時に敬老会も行なっています。西之表市立立山小学校体育館で、敬老会は行なわれ、また、伝統芸能の「おつや口説き」も再び披露してくれました。敬老会には、西之表市長、県議も出席していました。関係者の挨拶のあと余興も行なわれ、踊り、カラオケなど楽しませてくれました。

慰霊祭神事 おつや口説きの準備 敬老会余興
慰霊祭神事 おつや口説きの準備 敬老会余興
神社での神事が終ると、境内にある慰霊碑で慰霊祭が行なわれました。神主による祝詞の読上げを行なっているところです。 公民館では、おつや口説きの着替えも終わり、神社へ出るところです。女性には着物姿が一番です。よく似合っています。 敬老会の余興で、立山地域のみなさんが、「アンパンマン」を面白くおかしく踊ってくれました。

【 十五夜&カシミヤ号漂着記念祭 】

毎年9月中旬に、カシミヤ号漂着記念祭を行なっています。また、十五夜もかねて一緒に実施することもあります。平成24年9月15日(月)、あいにくの悪天候により、カシミヤ号漂着記念祭は一部実施できなくなり、それにかわり体育祭で行なう綱練を行なうことになりました。ところで、カシミヤ記念祭とは、どういうものなのかというと、アメリカの商船、カシミヤ号が漂着、救助してから平成20年で122年になります。立山の先人の遺徳、美徳を永遠に記憶をとどめ後世に伝えていこうとするもので、その記念祭を行なっているのです。

明治18年9月15日(1885年)、アメリカの商船「カシミヤ号」がオオゴ尻の鼻(石碑が建っている場所)に7名漂着、5日後20日伊関海岸に5名が漂着しています。発見の経緯は、二通りあるのですが、立山で語り継がれているのは、「周吾バーさんがミナ拾いにオオゴ尻に出かけて発見した」とのことが通説になっています。そして、今から23年前、救助100周年記念式典には、アメリカよりマーシャルご夫妻がおいでになり、涙したといいます。

記念祭は、午後2時から行なわれ、漂着地から救助した道を歩いたり、その石碑の前で遺徳を偲ぶというものです。午後5時半から公民館にて、カシミヤ号遭難の歌などを歌い、先人の美徳を受け継いでいくのです。悪天候のため漂着地からの徒歩はできなくなり、その代わり綱を練ることになったのです。午後2時過ぎに立山小学校の校庭に育成会をはじめ関係者が集まり、綱練が行なわれました。茅は一週間前子供も一緒に取ったとのこと。綱練の名人である武田さんの指導のもと子供達、大人も混ざって綱を練っていきました。そして、午後3時前どうにか太さ12センチ、長さ15メートルの立派な綱が出来上がりました。

午後5時半過ぎから公民館に子供達大人達も集まり、記念式が行われました。校区長をはじめ関係者のあいさつの後、カシミヤ号遭難の歌を歌いました。歌は、「遭難」、「発見」、「遠見」、「救援」、「別離」、「慕情」から成り立っています。綱練り、記念祭の模様を掲載しています。宴会にも出席させていただき、心温かいもてなしに感謝しています。関係者の皆様、ありがとうございました。なお、当日市役所からも見えており、出来上がった50周年記念事業の校区CMのDVDを紹介していました。

綱練り 三本の綱を練っていく 公民館での記念祭
綱練り 三本の綱を練っていく 公民館での記念祭
育成会、校区民により、直径5センチくらいの三つの綱を練っているところです。茅の長さは1メートル50センチ以上あります。 三つの綱を一つの大きな綱を練っているところです。これは、50センチの棒2本を使い練り合わせていきます。出来上がった綱は約15メートルでした。指導者も真剣そのものです。 公民館の舞台に飾られた記念祭の供え物です。十五夜も兼ねています。
カシミヤ号遭難の歌 鹿肉の煮込み 宴会
カシミヤ号遭難の歌 鹿肉の煮込み 宴会
カシミヤ号遭難の歌を全員で歌っているところです。歌は、漂着から別れるまでの様子を余すことなく描写しています。 立山で獲った鹿肉を、校区長の奥さんが上手に煮込んでくれたもので、全員に振舞われました。とてもやわらかくそして美味しく出来上がっていました。 カシミヤ号遭難の歌が終ると、宴会が行なわれます。各家庭からご馳走など持ち寄ってくるのです。

【動画コーナー】

平成24年9月15日(土)、十五夜もかねてカシミヤ号漂着記念祭が行われました。その模様を動画で掲載しています。

※ 十五夜&カシミヤ号漂着記念祭を撮影したものです。この動画に中には、子供会の綱引き、相撲、校区長あいさつ、カシミヤ号の歌、余興などを収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島のふるさと情報:平成24年度十五夜&カシミヤ号漂着記念祭

※ カシミル号遭難の歌で、遭難、発見、遠見、救援の歌を撮影し収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島の歌:カシミル号遭難の歌(遭難・発見・遠見・救援)

※ カシミル号遭難の歌で、別離、慕情の歌を撮影し収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島の歌:種子島の歌:カシミル号遭難の歌(別離・慕情)

【 郷土芸能伝承 】

立山地域には、伝統芸能である「おつや口説き」が古くから伝承されています。西之表市立立山小学校では、総合学習で郷土芸能体験を取り入れ、昨年から保存会長を中心にして、子供たちに「おつや口説き」を教えています。2005年10月22日の清和神社願成就で踊りを披露していましたが、2008年は踊りの披露に校区を上げて取り組んでいます。

平成20年6月6日、立山小学校の体育館において、子供たちへの伝承指導が行なわれました。「おつや口説き」は、別名「なぎなた踊り」です。娘の父の敵をとるため、武士と対決する物語風の踊りです。午後二時過ぎから、保存会長、公民館長夫妻の三人の指導者により、子供たち五人への手ほどきがきめ細かに行われました。現代の子供達は、チャンバラなどしないため、刀の持ち方など握り方が違ったりと、指導者達も時には笑いながら、そして熱心に子供たちへ教えていました。今回、初めて踊る子供達はいなく、みんなよく覚えていました。

おつや口説きの由来は、
今から八百余年前、源氏と平氏の争いの中、当時の源氏の武将、石山氏の娘「おつや」が、五年前に平家の武将に弓矢で討たれた父親の敵を討つため、京都の東山にある清水寺に籠って兵法の稽古に励み、薙刀、小太刀、手裏剣をもって、父の仇である藤島氏を探し求めて、見物人の多い中で見事父の仇を討ち取り、丹波の国へ帰るという筋書きになっています。

保存会長のあいさつ 女衆の練習風景 男衆の練習風景
保存会長のあいさつ 女衆の練習風景 男衆の練習風景
指導者達を紹介しているところです。写真は、保存会長さんです。その右隣りは、公民館長ご夫妻です。おつや口説きの唄を歌う方です。 子供たち二人に、女衆の踊りで歩き方や右足の状態を指導しているところです。子供たちも指導者も真剣そのものです。 男衆の踊りで、刀の持ち方などを、保存会長さんが教えているところです。細かいところまで、ポイントを教えていました。

【 立山校区の地図 】


大きな地図で見る
立山小学校は、地図のほぼ右に位置しています。
←(西)、↑(北)、(東)→、↓(南)
2013.12.12〜