砂坂孫左衛門翁之碑

ふるさと種子島 > 種子島の記念碑 > 南種子町の記念碑 > 砂坂孫左衛門翁之碑

砂坂孫左衛門翁に関する碑

砂坂孫左衛門翁之碑
【撮影場所】
鹿児島県南種子町官造牧海岸付近
【撮影日時】
2007年5月12日/11時08分

 南種子町西之官造牧海岸にこの記念碑が建てられています。県道75号線から海岸へ下る道が分かりにくいので注意が必要です。目印として、県道75号線で西海大川方向に官造牧のバス停を過ぎ先へ進むと、道路右沿いに電柱が立っており、高さ2.5mくらいの位置に電柱番号「138へ492」と書かれています。その電柱の前に海岸へ通じる道があるので、そこを下っていくとやがて、田んぼがありそこへ車を止めて、小さな道を海岸へ降りていくと、右前方にこの記念碑が見えてきます。
 その記念碑に刻まれている碑文は次のとおりです。

 碑文
     砂坂孫左衛門翁記念碑
文政九年(一八二六)五月六日西之村砂坂に生まれ、大正元年(一九一三)十月五日八十七歳で没する。明治四年(一八七二)四月四十五歳の時から、明治十年(一八七七)八月二十日までの間に、西之より島間に通ずる道路のうち、砂坂から立石の間の断崖絶壁の高瀬原の難所に新道を開通するという偉業を為し遂ば、明治二十三年(一八九〇)鹿児島県知事より褒章を受け、又、南種子村戸長より田地四畝歩を贈られ感謝された。
(県知事の賞詞)     砂坂孫左衛門
熊毛郡南種子村西之ヨリ島間ニ通ズル路線ハ迂路ニシテ交通不便ナルヲ憂ヒ明治初年ヨリ新道開設ノ工事ヲ主唱シ東奔西走其ノ利害ヲ説キ遂ニ幾多ノ賛成ヲ得テ同五年開設ノ工事ニ着手シ僅カニ深濱方限ニ通ズルヲ得タリ?後明治八年再工ヲ起シ刻苦経営ノ末十年八月ニ至リ十二町餘ノ里程全ク竣工シ大ニ村民ニ利便ヲ興フルニ至リ其ノ成績芳朗ナリトス仍為其賞金拾円下賜?事
        明治二十二年二月四日
               鹿児島県知事従四位勲五等渡邊千秋
 以上
又、昭和三年には、西野青年団長浜田藤太郎氏名越祐助氏砂坂金哉氏等の主唱により西野青年団の協力を求めて香り高い翁の業蹟を讃える「砂坂孫左衛門之碑」が建立されたが、碑文は風蝕のため刻字がわからなくなっている。
工事の方法は、堅い岩石を砕くのに、立木を伐採して岩盤に積み重ねて火をつけ焼けた岩盤に海水をかけて急に冷却させ、その亀裂に一寸口を打ち込んで砕いていく科学的な力を応用するという、その頃の人の考えも及ばない方法を用いたのである。
翁の頌徳を後世に伝えるためこの碑文を加える
       昭和五十六年十二月
             南種子町教育委員会

 碑文は以上です。碑文の中で、?は不明文字、或いは変換不可能な文字です。なお、碑文に読み違いがあるかもしれません。ご了承ください。