頌徳高山七太郎翁之碑

ふるさと種子島 > 種子島の記念碑 > 中種子町の記念碑 > 頌徳高山七太郎翁之碑

高山七太郎翁に関する碑

頌徳高山七太郎翁之碑
【撮影場所】
鹿児島県熊毛郡中種子町星原牧川
【撮影日時】
2006年12月24日/10時33分

 中種子町星原牧川の国道沿いにこの紀念碑はあります。牧川神社入口鳥居の左側です。高山翁は、巨額の財を持った方で、中種子町の山林を大規模に買収し、その後、中種子町がその山林を買い戻すという事態になり、破格の廉価で翁から買い戻すことができたということです。下記の碑文を読むと納得できます。記念碑に刻まれている碑文は、次のとおりです。

 碑文
 頌徳高山七太郎翁之碑
翁は長崎県長崎市に生る幼少より休躯に技んで?智亦他に異り人皆?量と稱せり十才にして己に大志を抱き支那に渡航し商家の子弟となり??営々として克苦精??に辛酸を?め弱冠にして独立自営「ジャム」「ビルマ」「ボルネオ」等の南洋貿易を開拓し業蹟隆々として進展し旬年ならずして巨財を獲得し錦衣日本へ帰国し居を神戸に構へ更に事業を継続し店運?々隆威業界を風靡し実業界に於ける羨望の的となりつつありし?感ずる所ありて従来の業務一切を放棄悠々自適の生活を過し居りしに偶々鹿児島県下種子島に未開の土地多数点在する事を探知し直ちに渡島して膨大なる山林を買収森林事業を経営しつつありしが当時吾が町に於いては基本財産として造成?しき為之を買収して永遠の?を建て将来に於ける税外収入の一助となさんと欲し町議会の議を経て之状が譲渡を交渉せし?町の熱望と実状を洞察せられたる翁は子々孫々に及ぼす大事業を中止し欣然として町の?を容れ息女萱子名儀を含め実に六百余町歩に及ぶ山林を破格の廉価を以って我町に譲渡せらりたり町民の感激措?能ばす此の金澤を後世に伝ふべく相謀り茲に頌徳碑を建立して翁の芳志を稱ふる所以なり
          昭和十八年十二月二十四日
                 中種子町長 鎌田政義

 碑文は以上です。文章の中で、?は判読できない文字、或いは変換不可能な文字です。なお、碑文の読み違いがあるかもしれません。