夕暉が丘平和の塔

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戦艦大和夕暉が丘平和の塔に関する碑

夕暉が丘平和の塔
【撮影場所】
鹿児島県西之表市上ノ原景勝ロマンの丘
【撮影日時】
2006年12月23日/8時53分

 写真の場所は、西之表市上之原町にある一般的には景勝ロマンの丘と呼ばれている場所です。市街地を展望することができるこの場所に、写真のような記念碑が建てられています。
 右の石碑には碑文が、その左となりには、「戦艦大和他艦船沈没位置図」の碑があります。記念碑に刻まれている碑文は、次のとおりです。

 碑文
 戦艦大和夕暉が丘平和の塔
 一五四三年種子島に火縄銃が伝来しその翌年国産初の火縄銃がここ赤尾木で完成した。
 火縄銃はたちまち全国の大名へ広まり戦国時代の終止力となった。太平洋戦争末期世界最大の「戦艦大和」は特攻作戦の旗艦として軽巡洋艦「矢矧」駆逐艦八隻を伴って沖縄へ向かったがその途中一九四五年四月七日西之表の真西二八〇Kmの海上にて米艦載機の猛攻を受け熾烈な戦いの末乗組員三七二一名とともに三四〇mの海底に深い眠りについた。この丘から見る春分と秋分の日に海に落ちる真っ赤な夕陽はは訪れる人々に深い感慨を与えてくれるがその落日はまさしく海の墓標ともいえる。
 今日種子島は日本の科学技術の粋を集めた宇宙基地の島として世に知られている。
「火縄銃」と「大和に積まれていた世界最大の四六cm砲」それに「宇宙ロケット」は単純に言えば筒の中で火薬などを燃焼させる飛び道具である。
 火縄銃はわが国に文明の夜明けをもたらしロケット技術は宇宙の時代を招来するであろう。
しかし私たちはこの歴史が戦争と深くかかわりながら発展してきたことも忘れてはならない。
私たちは日本の科学の発展に寄与した種子島の先人たちの功績をたたえるとともに未来に向って科学技術が世界の平和に貢献することをここに願うものである。
      二〇〇一年九月二三日
      スターシップ種子島一同

 碑文は以上です。なお、読み違いがあるかもしれません。