故正六位勲五等桑山定省先生頌徳碑

桑山定省先生に関する碑

故正六位勲五等桑山定省先生頌徳碑
【撮影場所】
鹿児島県西之表市わかさ公園入口付近
【撮影日時】
2008年6月1日/14時39分

西之表市わかさ公園入口付近に建立されています。桑山定省先生の記念碑は、下能野神社境内にもあります。その記念碑には、次のような碑文が刻まれています。

碑文
故正六位勲五等桑山定省先生頌徳碑

明治先生は明治三十八年長崎医専卒業県立大島病院を振り出しに中種子村立病院長となり退職して大正六年シンガポールに渡り英領馬来に於いて開業後セランゴール州衛生課に勤務日本人病院長を兼ね終戦後帰国西之表保健所長となりその後老齢の故を以て臨時技術補佐員として勤続昭和三十八年八十歳の高齢に達する迄実に五十有七年間医業に精進せらる先生資性温厚特に博愛の精神に富み外地に於ては在留邦人は元より原地人に対しても医は仁術を実践せられたる外幾多慈善の行為あり又西之表市下能野部落に対しては厳父に次いで常に部落の振興に意を用い船溜の修改築に漁船の建造に遠く海外より数回に亘り多額の寄付をなし部落はその恩義に報ゆる篤行数多し昭和四十年この臨終に当り正六位勲五等瑞宝章授与の光栄に浴せらる洵に宣なるかな先生没後既に三年温容尚髣?として景仰の念禁じ得ざるものあり
   昭和四十三年四月   西之表市有志一同

   正六位勲五等桑山定省先生夫妻之慰霊碑

碑文は以上です。文章の中で、?は不明文字、或いは変換不可能な文字です。なお、読み違いがあるかもしれません。ご了承ください。

公園入口

故正六位勲五等桑山定省先生頌徳碑は、この右。その先に古市静子先生の記念碑があります。

表面の碑文

記念碑表面の碑文です。

桑山先生夫妻の慰霊碑

左には、桑山先生夫妻の慰霊碑があります。

2014.3.18〜