頌徳碑

長野弥兵衛翁父子に関する碑

頌徳碑
【撮影場所】
鹿児島県西之表市住吉里之町
【撮影日時】
2006年10月9日/9時32分

西之表市住吉里之町の国道58号線沿いにバス停があります。そのすぐ近くに広域農道に出る道があり、里之町公民館前を山手に進むと、やがて、広域農道に出てきます。それを横切りさらに進むと、右手に簡易水道があり、そこを少し過ぎた右側に、この頌徳碑が建てられています。その記念碑には、次のような碑文が刻まれています。

碑文

   頌徳碑

わが住吉牧場は明治初年種子島家直営の牧場廃止の時長野弥兵衛氏(実太郎曽祖父)が中心となり同志と謀り只ら要請の結果共有地として譲与されたものである?来農馬を放牧して水田耕作の「ほいとう」に共同使後せしが偶々明治十二年地租改正による官有地編入に伴い下能野部落共有地の境界争いのため株主代表弥兵衛父子(弥八)田上市助氏は私事をかえりみず専心条理を尽し交渉を重ね遂に共有地の確保に成功したのであるが降って明治の中期に至り馬耕術の発達により「ほいとう」の自然消滅となるや牧畜を林野経営に改めえれが保全育成に努め時代の推移と共に多少の消長は免れざりしも現実には宏大な財産を造成し多大の収益を納め組合員相謀り碑を建て来歴を誌し創設者長野弥兵衛翁父子の功徳を偲び永く子孫に伝う
昭和四十六年十月三十日 住吉牧場組合一同
神社社殿改築
昭和三十三年十二月二十三日
       組合代表 高橋甚吉
       文と書   長野環
       彫刻  若松友満

碑文は以上です。文章の中で、?は不明文字、或いは変換不可能な文字です。なお、読み違いがあるかもしれません。

広域農道

広域農道です。交差点を右へ。

牧神社入口

右側に牧神社の鳥居。その右。

鳥居の右の頌徳碑

鳥居の右に頌徳碑。

2014.3.18〜