王之山祠堂記

王之山祠堂に関する碑

王之山祠堂記
【撮影場所】
鹿児島県西之表市塰泊王之山神社入口
【撮影日時】
2008年6月1日/13時01分

塰泊漁港付近に、同一境内に若宮神社、王之山神社があります。その神社入口にある記念碑です。記念碑に刻まれている碑文は、次のとおりです。

王之山祠堂記

王之山在塰泊浦之北樹木?然中有一小祠祠堂方六尺蔵鏡六枚及鉾一口其鏡大者径各三寸八?小者径各二寸五分其鉾長九寸一分蓋数百十前之物古色可?明治二十七年七月有盗奪鏡里人捜索不?因命?作以蔵?有田六畝二十三歩稱里人之共有地而祭祀及祠堂修築之費実頼其辨?里中有?者辨?猶曰里長総理里中?粉又司?祀之事毎?以陰暦六月十八日及九月廿八日祭祭以?興?傳云祀安徳帝也按硫黄島三所大権現鎮座本祀云平氏奉安徳帝西奔源氏追撃平氏戦敗衆相議曰帝業頌覆至?不如退而為??於是餘?奉帝潜辛鎮西途経種子嶋駐?旬餘時有嶋司太江澄?者献粮食帝嘉?之遺左衛門大尉通正右馬从季利賜太刀及黄金且詔澄?任武蔵守以使謀?載澄?始知其為帝感激不巳奏曰臣雖無似願効大馬之力然臣同僚有淡路三郎沼津藤太者雄精不測或謀不良駐?於?非?策若夫粮米微?臣力可?敢不奉命?是帝遂渡海遠硫黄島建行宮以居?後澄?子澄?果送粮米供御因?不?云?
泊浦豈當時駐?之?而因以名王之山耶顧帝之播遷于此也里人感喜而深痛其業???後哀?思?惓々不情遂立祠以致愛敬之誠亦人情之??然也不然則絶海孤島之山?有名以王字而??之民亦何以?祠安徳帝於?煙?丙之中之為王興皇国音相同其?安徳帝山名可以証鏡?鉾?當時之遺物亦足以信也嗚呼帝間関流離業?絶海孤島?不能伸其志終天之恨果何如那?毎思之感陳悚交至不覚概然涙下而里人誠敬奉祀以至今日其忠亦可嘉也近日里人請予作祠堂記予敢不辞叙口碑之?由以?後人
明治二十九年八月下浣  前田護茂謹識弁書

碑文は以上です。なお文章の中で、?は不明文字、或いは変換不可能な文字です。

塰泊線王之山神社入口交差点

塰泊線王之山神社入口交差点です。↑塰泊漁港、↓国道58号線・川迎。王之山祠堂記は、前方左鳥居付近にあります。

現在の王之山神社入口

写真は、現在の王之山神社入口です。王之山祠堂記の石碑は鳥居の右に建立されています。

王之山祠堂記の碑文

王之山祠堂記に刻まれている碑文です。海岸近くなので、風化がかなり進んでいます。

2014.3.18〜