ヤートセー〜おくめ口説

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優雅な手踊りが楽しめるヤートセー

ヤートセー〜本踊り
【撮影場所】
鹿児島県熊毛郡中種子町増田小学校体育館
【撮影日時】
2014年11月9日(日)/13時55分〜14時09分
【奉納場所】
中種子町増田神社
【奉納時期】
不定期
【アクセス方法】
中種子市街地から県道75号線を下ること、約15分で増田神社です。

【踊りの説明】

増田向井町、秋佐野に伝承されている郷土芸能のヤートセー(おくめ口説)です。一般的にヤートセーは口説踊りと言われています。種子島のほとんどの地域に伝承されている手踊りであります。

おくめ口説は、武士の娘と呉服屋の息子、身分の違う男女の結ばれぬ恋を描いた悲しい物語になっています。向井町地域では、初夏のころから練習を重ねてきています。今回、悪天候で増田神社で奉納できなかったのは、少々残念ですけどね。

ヤートセーは出端、本踊り、崩し、引端から構成されています。出端は太鼓や鉦を鳴らしながら六列縦隊で、歌いながら前進し、その後次第に円形の隊列になっていきます。太鼓六人、鉦二人は円内でで、対面しながら本踊りを踊っていきます。「ヤートセー」の歌詞が随所に出てきて、踊りが盛り上がっていきます。

写真は本踊りの様子です。ヤートセーも地域によって、ずいぶん踊り方に違いが見られます。「ヤートセー」の歌詞が出たときに、内側あるいは外側を向き、左手を垂直に曲げ、そのとき右手を水平に左ひじに添える踊る瞬間は出てきません。他のヤートセーと大きく違う部分です。また、鳴り物の踊り方も特徴があります。

特に、踊りのテンポが少々速いことです。また、内周の太鼓の姿勢が地面に着くほど低姿勢になる仕草もあります。しかし、踊り全般について、星原に伝承されているものとほとんど同じです。

ヤートセーの唄 写真は唄です。隊列から離れ、ヤートセーの唄を唄います。
ヤートセーの出端 踊りの状況は、写真の通りです。なお、写真は出端の進行です。四列縦隊になっており、次第に円形に変化します。
ヤートセーの本踊り 写真は本踊りです。外周の踊り子は、始終扇子を持っての手踊りで、反時計方向に移動します。通常のヤートセーに比較して、移動距離は極端に少ないです。
ヤートセー〜引端 本踊りが終わると、ヤートセーも終了です。四列縦隊で、少し前進して、踊り終えます。

おくめ口説

ひとつやりましょおくめのくどき
ここはどこよと伝えて聞けば ここは大阪道頓堀よ そこに川村五右ヱ門殿よ
ひとり娘に名はおくめとて 年は十六花ならつぼみ
花にたとえてもうそやなろば 春は三月あおじの花よ
秋は紅葉のまんざい菊よ 立てば芍薬座れば牡丹
歩む姿は野百合の花よ 肌は卵のみはだのごとく
京や大坂絵描きはあれど おくめ姿は絵にゃ描きゃならぬ
同じかわらぬ下町通り 町の三番目の呉服屋殿よ
次男息子に名は定七よ 年は二十四で男の盛り
ものもよう書くさんそろばんも 何につけてもぬけまがなかよ
ころは六月八日の晩に やくしまいりにおくめを見染め
見染め逢いそめふかしご縁 あんなおくめにこいせんものを
うちにもどりてしょくざについて すずりひきよせ墨すりながす
墨はじゃこうのいろよき墨よ 紙ははやりの筑後の紙よ
筆ははやりのしんない筆よ 書きも書いたよ二尋三尺
合間隙間にこうたを書いて 書いてたたんでおくめにおくり
おくめ手に取り聞いてみれば 文の書きようは面白けれど
町と武士との恋路がでけぬ 丸木舟かよ文返された
長い口説なら見物人も退屈 ここで切りましょ口説の中を


【動画コーナー】

※ 2014年11月9日(日)、校区増田神社の秋祭りでヤートセーを撮影したものです。この動画に中には、ヤートセーの出端、本踊り、引端、踊り子の感想などを収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島の郷土芸能:ヤートセー「おくめ口説き」中種子町増田向井町・秋佐野増田神社秋まつりでの踊り

2014.11.14〜