古田〜住吉線

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 中学生のころ、遠足といったら決まって西之表市住吉にある灯台でした。そのころの道といえば、現在のように舗装されているわけではなく、でこぼこ道です。道幅は約2〜3m前後か。遠いところでは片道1.5〜2時間かけて歩いて行ったものです。しかし今その当時を思い出しても苦痛だったとの記憶はまったくなく、断片的に想い出がそれぞれ残っています。私は「番屋峯〜住吉線」は、現在でもその思い出があって記憶が消されることなく残されています。自分の目で確かめたかったことも理由にあるかもしれません。

 現在、西之表市川迎から鞍勇を経由して番屋峯を通り十三番にぬける市道は、平成18年3月開港予定の新種子島空港へ通ずる道として、急ピッチで整備が進められています。最近この市道もほぼ整備が完了するところまで来ているようです。

番屋峯側からの入り口  天気もだいぶ回復してきたので昼飯を食べた後、「番屋峯〜住吉線」に行ってみることにしました。この道を歩くのは30年以上も経っているので、自分の記憶に残っていることと現実はどうなっているのかということを思うと気持ちがだんだん高ぶってくるのでした。しかし山道を歩くのは、今の時期としてはあまり適さない。その理由は、番屋峯周辺の山では鹿が多数生息していて、鉄砲で獣害駆除をやっているのです。その駆除については、防災無線でも注意を呼びかけています。したがって山に入るときはできるだけ服装は目立つ色を着る必要があります。遠くからでも目立つ作業服と雨靴で行くことにしました。

 12時半を過ぎたころ西之表市街地から川迎を通り、鞍勇を過ぎると古田と十三番に行く道が三叉路になっています。その三叉路を右に進むと番屋峯です。三叉路から約3.5キロくらい行ったところに、また三差路がありますが、そのまままっすぐ進むと、右手に約5m前後舗装がしてあり、林道みたいな幅2mくらいの、やや下り坂になった道があります。その道を歩いて行くのだが実際の道と頭の中にある道とはだいぶ違っているような思いでした。考えてみればそれはそうかもしれない。30年以上の年月は、植物にとってもだいぶ成長するし、またこの道の周辺も間伐されたりしたかもしれないし、色んな変化があったに違いありません。大人になってから見る道と少年時代の目で見る道とは違って当然かもしれません。

 歩いているこの道は、車も通れるようです。だけど4輪駆動じゃないとタイヤがめり込んだりするかもしれません。道の両サイドにはツワやシダ類のほかに、椎の木やマテバシイ、タブの木、ユズリハなどが多数生い茂っています。中にはかなり大きいものがあり、少年時代見たことがあったに違いないものもあります。この周辺の山は、四坊山(シボウヤマ)と言われ西之表市内でも有数の山深いものとなっています。昨年相次いだ台風の影響もほとんど受けていなく、新緑もきれいなところになっています。しかしあちこち杉林が多くて間伐した後植樹したのかもしれません。私の記憶ではほとんど杉林はなかったような記憶が残っているのだが…。薄れた記憶を何とか蘇えらせながら周りを見て歩くが、イメージがやはり違っています。

 やがて、150〜200メートル進むと、下り坂から少しだけ平らな日当たりの悪いところがあります。ここに来ると周りは杉林になっています。そして右手はやや急な谷になっているのです。この谷は私にとって、忘れることのできない場所になっています。まだ小学校に上がる前だと記憶していますが、この谷底は幼い頃遊んだ場所なのです。小さな小川があり、季節になると小さな川えびもいてソウケで草の根っこをまさぐるとたくさん取れていたものです。それを煮て食べたり天ぷらにして食べていたものでした。 生涯忘れることができない場所間伐された後、山に登ると植物の独特のにおいと山の土の匂いが混ざって自然の香りがしていたのを覚えています。これが本当の山の匂いではなかったかと思うほど印象に残っています。そんな自然で育ってきたのです。道からその谷底周辺をず〜っと見つめていました。色んな記憶が蘇えってきます。

「歳とりて久しく四坊の山へ来てみれば 父に背負われし頃を想い浮かぶると いつの間にか涙溢るる」

 だけど何といっても父の背中におんぶされながら、この谷底から上ってくるところをどうしても思い出してしまいます。この光景が私にとって生涯忘れることのできない出来事になっています。黙って当時を思い出すとなぜか自然に涙ぐんでしまいます。おそらく父への感謝の気持ちではないかと思います。今この年になって、私は元気でいるのは親と自然のおかげかもしれません。そんな思いがこの四坊山にはあるのです。

 ここから少し先の坂を上りきったところの右手に行くと、谷付近や峯などを眺める場所があります。そこから眺めると幼い頃登ったであろうと思われる峯が見えてきます。今は新緑も出て峯もきれいになっています。いったん間伐され、再び林に回復しているのではないかと思われます。何事もなかったかのように…。周りを見渡しながら時折小鳥の鳴き声も聞こえてきて、山の自然もいいなぁ〜とつくづく言葉に出てしまいました。今度来た時には、谷底まで降りてその小さな小川を見てみたいと思っています。さらに少し先へ行くと左側が谷になっています。道の中央付近には、松の木がたくさん生い茂っています。正面の山の峰は、思い出の場所高さは1メートル前後に成長しています。だんだんと道が荒れてくるのが分かります。

 さらに進むとまっすぐ行く道と右に急カーブになっていて、昔の道とに分かれているところがあります。まっすぐの道は盛土になっているので、間伐をするために作られたものと思われます。昔の実際の道は右側ですが、ここからず〜っと荒れているのです。道自体は残っているので無理をすれば行けないことはないが、少し先へ行き様子を見てみたがあまりにも荒地になっているのでここで断念することにしました。そしてこの道を後帰り市道に出て、今度は住吉方向から歩くことにしたのです。

 住吉公民館の前の国道沿いにバス停がありますが、そのバス停のそばに道があるので、それをず〜っと山手に向かって進んでいくと、三叉路があるので左の道をまっすぐ上っていきます。すると、国道から500メートルくらいのところで広域農道に出るので、さらにまっすぐ山手に向かうのです。その広域農道を少し過ぎると、右手に簡易浄水場があります。その先に牧神社があります。この牧神社も私はず〜っと忘れることはなく覚えています。この道を思い出すとき、どうしてもこの神社が思い出されてくるのです。幼いころこの道も歩いていたので、脳裏に残っています。さらに進むと周りは土地改良された畑が続いています。昔、この付近はサトウキビを作っていました。そして、サトウキビをちぎって食べていたものです。

 山手に向かうと坂道で、左側の土手が赤茶色をしているところがあります。この付近の土手の色は、今でも記憶に残っています。そしてその土手には小さな松の木が生えたりしていたものです。土手は湿ってはいなくていつもからからに乾燥していたような感じを覚えています。この付近も大変懐かしいところになっています。さらに進むと舗装も終わり、悪路になってきます。少しずつ坂道になっています。途中日当たりの悪いところもありますが、そこはジメジメ湿っています。またところどころに四角い土管みたいなコンクリートを埋めてあります。あの当時あったかどうかは分かりません。

 そのまま進んでいくと先ほどきた付近かもしれない場所にやってきたのです。おそらく荒地になっているのは、100メートル前後ではないかと推定されます。住吉方向から来ても相当な荒地になっているのが確認でき、ここで断念することにしたのです。道の周囲には、大きなタブの木や桜なども立っていたので、おそらく昔からあったに違いないと思われます。山手を見るとあちこちに松の枯れた木々があります。しかし、四坊山は自然がまだまだ残っているようです。このままそっとしておきたい気持ちになってきます。またいつかこの道を来ようと思いながら、四坊山を後にすることにしました。

※散策日:平成17年4月24日

古田〜住吉線の地図番屋峯」(古田)住吉線入口をスタート←写真1枚目

杉林を通過←写真2枚目
↓←写真3枚目
荒地に差し掛かり、ここで断念

市道に引き返す

里之町広域農道へ

広域農道から散策
↓←写真3枚目
牧神社前を通過

排水路付近を通過

再び荒地に遭遇し、散策を断念

※ 2015年3月27日、西之表市古田番屋峯から住吉まで四坊山の山道を歩いた模様を紹介しています。

なお、YouTube でのタイトルとアドレスは、次の通りです。

種子島のふるさと情報:古田〜住吉線四坊山の山道を歩く!前編

種子島のふるさと情報:古田〜住吉線四坊山の山道を歩く!後編

※ 2015年3月27日、西之表市古田番屋峯から住吉まで昔遠足で歩いた懐かしい住吉浄水場線を歩いたものです。

なお、YouTube でのタイトルとアドレスは、次の通りです。

種子島のふるさと情報:昔遠足で歩いた住吉浄水場線を歩く!前編

種子島のふるさと情報:昔遠足で歩いた住吉浄水場線を歩く!後編

2015.3.28〜