故木原平五郎先生頌徳碑

ふるさと種子島 > 種子島の記念碑 > 西之表市の記念碑 > 故木原平五郎先生頌徳碑

武部に生まれた教育者

故木原平五郎先生頌徳碑
【撮影場所】
鹿児島県西之表市立現和小学校
【撮影日時】
2010年5月3日/8時10分

 西之表市立現和小学校の校庭の一角に建立されている頌徳記念碑です。その記念碑には、次のような碑文が刻まれています。

 碑文
 故木原平五郎先生頌徳碑
 故木原平五郎先生は大正八年現和尋常高等小学校教員を拝命、以来二十七年にわたり子弟の教育と地域の産業開発振興のために日夜献身的な情熱を傾注の途上昭和二十年六月十六日本島空襲の際多くの学童を尊い生命を守るため無事避難を終えられた直後大腿部貫通を受け殉職されました。
 明治百年と本校創立九十周年の記念すべきこの年にあたりここに先生の頌徳碑を建立し偉大な教育愛と郷土愛にたいし敬けんな祈りを捧げます。
  昭和四十三年十一月十五日
     記念事業賛助者一同

建設委員長 羽生乙彦
現和小学校 的場邦人
仝区長 橋元福男
工事係 西門峯彦
仝   坂元末彦
施工者 新徳テラゾー工業

 碑文は以上です。なお、記念碑の右に記念碑の案内がありますので、これも紹介します。

故木原平五郎先生

 明治二十三年九月二十日に武部に生まれた教育者。在職二十九年中二十七年間を現和小学校で過ごすが、在職中死亡された先生である。
 太平洋戦争の終わり頃の昭和二十年六月十六日にアメリカのグラマン機が現和小学校を襲撃。先生は小学生全部を防空壕に避難させた後、自分も避難しようとするが、そのとき右足大腿部を打ち抜かれ、出血多量のため午後0時50分に亡くなられました。