鉄匠八板金兵衛清定像

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鉄匠八板金兵衛清定像に関する碑

鉄匠八板金兵衛清定像
【撮影場所】
鹿児島県西之表市榕城池田丁字交差点付近
【撮影日時】
2010年4月29日/16時00分

 西之表池田の産業会館横にある鉄匠八板金兵衛清定像です。その像の裏に刻まれている碑文は次の通りです。

 碑文
 鉄砲伝来の功徳
 時に西暦一千五百四十三年、天文十二年八月二十五日、種子島の南端門倉岬前之浜に南蛮船漂着。船中三人のポルトガル人あり。時の島主種子島時尭公(十六歳)三人所持するところの火縄銃二丁を二千両で買い求め、家来刀匠矢板金兵衛清定に火縄銃模作を命ず。
 螺子技術解らず。娘若狭をポルトガル人に嫁がせ、その技法を習得す。
 臥薪嘗胆の末、遂に国産火縄銃の完成を見る。
 わが国近世化は、この鉄砲伝来により急速にはやまる。
 これ、歴史家の指摘するところなり。
     一九九三年十月
         鉄砲伝来四百五拾年記念
            種子島ライオンズクラブ

 碑文は以上です。なお、文章の中で読み違いがあるかもしれません。