大川田水力発電所跡地

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8年間も電力を使用できたのは画期的な事業だった

戦後、種子島の東海岸一帯は、電気がない生活を強いられていました。昭和25年安城、安納、現和を中心に有志者が集まり、自家用電気利用組合を設立していきます。理事長は、当時の最上宏西之表町長です。各関係機関への陳情を行い、安城大川田川流域に発電用ダムと水路、発電設備などの建設に着工していきますが、朝鮮動乱の影響で、建設資材の暴騰により、工事継続が不可能になり、西之表農業協同組合に引き継がれていきます。その後昭和27年2月に施設が完成し、各家庭への送電も行われ、灯りがともり、近代化生活への基盤が築かれていきます。

その後、昭和35年に火災事故が発生し、災害復旧するのに莫大な資金が必要になり、電気の供給がストップしていきます。そして、九州電力より電気の供給が始まり、現在に至っています。ところで、昭和35年に火災事故を発生していますが、おそらく、負荷の増加により発電設備などが過負荷して火災事故を起こしたと推定されます。設備が稼動してから8年後に発生しています。この8年間に、増加した負荷は相当あったのではないかと思います。しかし、発電設備は水量が増えない限り、取り出せる電気に限りがありますから、当然徐々に過負荷になっていったのでしょう。

大川田川に水力発電所があったとの情報は、薄々聞いていましたが、詳しい状況など知りませんでした。このたび、西之表市安納峯にある「農村電化之碑」を知ったとき、どのような設備だったのか、興味が湧いてきまして、現地を調査したり、農協に連絡して、当時の設計図がないものか調べておりました。なにせ、60年以上前のことなので、何も資料が残っていません。したがって、正確なデータがありませんので、あくまでも推定になりますが、概要をリポートしたいと思います。

水力設備の位置関係図大川田川の上流に架かっている鍋割橋から、およそ下流に5キロ下った川沿いに発電所建屋があり、ここから600メートル上流に発電用のダムが建設されています。まず、ダムの概要は次の通りです。
ダムの横幅〜20.4メートル
ダムの高さ〜4.5メートル
ダムの上部〜1.3メートル
ダムの中間付近にゲートがあります。取水口は、ダムの東側にあります。取水口は、沈砂池も兼ねており、もちろんゲートもあります。そして、放流槽までの導水路は、原則的に開渠になっており、
有効巾〜0.81メートル、深さ〜0.645メートルのコンクリート製です。

平成20年5月6日に現場調査したときの概略が、(図 -1)水力と水槽との位置関係を示したものです。正確に測ったものではありません。しかし、極端に誤差はないと思います。現場の状況から推定すると、有効落差は23メートル前後です。

その後、5月17日にサージタンクから川の水面までの距離を測って見たところ、約36メートルでした。ひもを張った状態で、傾斜角を考えると40〜45度くらい。これから有効落差を考えると、36×sin(45deg)=25メートルです。これから損失等を差し引きすると24メートルくらいと推定されます。これは5月6日に考えたものと、ほとんど違いはありません。

水力発電設備の位置 次に流量を求めるには、開渠を流れる水量で考えてみます。
横幅が0.81メートル、高さは0.645メートル、1秒間に移動する距離を平均0.6メートル、有効高さを8割と考えると、
平均流量は、0.81×0.645×0.8×0.6=0.25[m3/s]

水力設備の発電機出力は、次の式で求められます。
P=9.8QHη ただし、Q=水量[m3/s]、H=有効落差[m]、η=総合効率[0.7 - 0.81](※最新設備はこれより大)
これより、発電機出力は、次のように求められます。
P=9.8QHη=9.8×0.25×24×0.7=41.16kW

故に、大川田の水力発電所の出力は、40kWくらいではないかと推定されます。ちなみに、発電用水車は、小形フランシス水車だったのでしょう。

大川田発電所は、下流に近い場所に設置されていました。これは、できるだけ送電損失を少なくするためだったのでしょう。送電損失を20%と考えると、実際に使えた電力は40−40×0.20=32kWです。これは32000Wと同じですので、一戸数あたり20ワットの電灯をともすと、1,600戸の家庭で使われたものと推定されます。

資料が残っていないので、確かな数値ではありませんが、極端な誤差はないと思われます。現場を三回見て回りましたが、現在のように重機もない時代に、これだけの設備を建設するのは相当な困難とそれに携わってきた人々の成果でしょう。約8年間も電力を使用できたのはそれは大変画期的な事業だったと思います。この事業があったからこそ、現在もあるはずです。古人の偉業に感謝といつまでも讃えたい気持で一杯です。なお、ここの水力発電所の資料をお持ちの方は、ご連絡ください。

発電用ダム付近の道路 発電用ダムの状況 ダムの取水口
発電用ダム付近の道 ダムの状況 取水口
左にダムがあります。なお、中央付近左右に開渠の導水路が斜めに横切っています。鍋割橋から下流へ5キロの地点です。写真は下流側から写しています。 堰堤を取水口から写しています。高さは4.5メートル、巾は20.4メートルです。 発電用ダムの左岸にある取水口です。川から水を取り入れ、不純物、砂などを沈砂する所で、沈砂地も兼ねています。川側にそれを放流するゲートもあります。ここからサージタンクまでは、開渠の導水路につながっています。
開渠の導水路 発電所付近の道路 サージタンク
開渠の導水路 発電所付近の道路 サージタンク
開渠型の導水路です。建設費を安くするためには、どうしても開渠するしかありません。しかし、水路に不純物が混入しやすい欠点があります。サージタンクまでの距離は、定かではありませんが、500〜600メートルくらいでしょうか。 林道を下流側から写しています。発電所があった地点は、写真右の川沿いです。少し先に杉林がありますが、昔、人家もあったところです。現在もその面影が残っています。 発電所の上にあるタンクで、サージタンクと呼んでいます。ここから発電所まで放水路により、水を落下させて水車を廻します。サージタンクから水車までは110メートル前後です。川からの表面距離は、36メートルくらいです。勾配も40〜45度くらいで、有効落差はおよそ25メートルです。
サージタンク周辺 放流水路 放水路の架台
サージタンク周辺 放流水路 放水路の架台
サージタンク周辺です。前方は、取水口からの導水路です。出口付近は閉渠になっています。沈砂地も兼ねており、不純物を取り除いたり、それを放流するゲートや水路もあります。 不純物や砂を川へ戻すための放水路です。 水車を廻すための放水路です。直径50センチの鉄管です。コンクリートの架台に設置されていました。この付近の放水路の勾配は20度前後で、長さは25メートルくらいです。このあとは緩やかな勾配です。
発電所側の放水路 発電所跡地付近 発電所全体跡地
発電所側の放水路 発電所跡地付近 発電所全体跡地
発電所側の放水路です。これより約12メートルの位置に水車が設置されていたと推定されます。直径50センチの鉄管です。 発電所建屋があったろうと推定される場所です。今はご覧のように雑木林になっています。周辺の川沿いには、当時の石積みも残っています。変電設備は、建屋の奥にあったと思われます。 現在でもコンクリート製のボックスなどが残っています。傷みも激しく何処に使われていたのか、判別できません。http://youtu.be/yTfwZFwyusQ

※ 2012年5月30日(水)、種子島の西之表市安城大川田川にある水力発電所跡を撮影したものです。この動画の中には、発電用取水ダム周辺、発電所跡地周辺、サージタンク周辺などを収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島の史跡:大川田水力発電所跡

2017.2.5〜