平成30年3月24日(土)、中種子町自然レクレーション村の一角にねじの伝来地熊野浦看板が中種子町火縄銃鉄砲隊により設置されました。
鉄砲伝来とともにネジの製法が伝来したことはほとんど知られていません。
1543年(天文12年)8月25日に火縄銃が伝来し、その国産銃の製作が八板金兵衛によって作られていきますが、銃身に使われていたネジの切り方が分からずにいました。
翌年の春にここ熊野浦に南蛮船がやってきます。その乗組員の中にネジの製法が知っている人物により、ここ種子島でネジが作られます。こうして、完全な火縄銃の完成に至るわけでした。
ネジ伝来地の看板が設置されました。中種子町種子島火縄銃鉄砲隊です。右は、隊長の深田さんです。
ここは、熊野海水浴場です。この沖合にネジの製法を知った人物をのせた船がやってきました。
看板設置には、中種子町長も出席しました。関係者とともに記念撮影をしました。
※ 2018年(平成30年)3月24日(土)、種子島の中種子町自然レクレーション村でねじの伝来地熊野浦看板設置した模様をダイジェストで紹介しています。看板設置、中種子火縄銃保存会隊長による看板設置に至った経緯の説明、火縄銃のねじについての説明などを収録しています。
なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。