時の流れに新旧の...眺めを語る碑

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浜田藤太郎氏に関する碑

時の流れに新旧の...眺めを語る碑
【撮影場所】
鹿児島県南種子町西之本村七色観望台
【撮影日時】
2007年11月3日/10時27分

 南種子町門倉岬の近くに七色観望台があります。明治37年1月西之本村で生れた浜田藤太郎氏は、昭和38年4月から3期12年南種子町長として要職についていましたが、晩年は、この地で過ごし亡くなった後、この地を南種子町に寄贈しています。そして、この地は七色観望台と命名され、前之浜海岸をはじめパノラマ展望ができる場所になっています。観望台にはたくさんの記念碑がありますが、その中で写真の記念碑は、観望台入口にある記念碑です。記念碑には次のような碑文が刻まれています。

 時の流れに新旧のこの坂道の歴史と七色部落の眺めを語る碑
新旧にこの坂道に時代の流れを追いつつ昔の人の道に対する考えは最短距離が大事な条件であった。従って途中に山・谷・川等あっても谷には木を投げ渡して橋とし、川には石を並べて飛石として歩行した。この坂道も最古の道は石山の頂上に向って最短距離の険阻な坂道であった。
大正時代車の利用が発生したため、この道は廃道となった 捨て去られた道でも一つの思い出は残るのでここに記したい。
本村部落の人々の伝統の慰安行事はこの頂上附近にある平らな野原に家族総出で会食をした。ここは一望に見渡される太平洋の海から白浜に打ち寄せる浪地、水田地帯部落の人家等、眼下に展開する眺めは実に絶景の場であった。農作業の苦労を年何回か慰め合った所であるが廃道とともに失なわれた。しかし坂道にもこの眺めの出来る場所が実現した。ここで内地の観光の人々は七色部落と景観を讃えたのである。
さて、大正三年、当時名越敬助村長は車の時代に応えるべく現在の道筋に新道を計画し、本村部落の人々の努力で完成したが昭和三十四年、県道に移管され急速に増加する交通量に応えるため、県は昭和六十一年度大型予算で深き谷底を埋め、大量の岩石、土塊を除去して現在の様な優秀な近代道路が実現したのであります。私はこの坂道の一角に立って静かに八十年前まで本村の部落の人々が旧道の補修に苦労した姿を子供心に残る思いを新たにしながら当時の人々に、この道を一目、見せてやりたい憶が胸に湧きます。今後、長くこの道が最大限の使用にも耐え、更に交通事故の発生もなく社会に奉仕するこの道に深い感謝と悦びを捧げつつここに旧道より掘り出されし石を集めて碑を建てます。
                 昭和六十二年六月
                      浜田藤太郎
              書 岩坪安昌   道路改修工事 稲建設
              彫刻 寺田石材工業梶@請負施工者 上妻建設

 碑文は以上です。なお、読み違いがあるかもしれません。ご了承ください。