茶業記念之碑

茶業記念に関する碑

茶業記念之碑
【撮影場所】
鹿児島県西之表市古田番屋峯公民館
【撮影日時】
2006年9月23日/10時22分

種子島でお茶はたくさん栽培されています。その中で、西之表市古田番屋峯地域は、茶業の先進地となっています。若い後継者も多く、茶業にかける活気溢れた地域です。その番屋峯公民館に茶業記念碑が建てられています。記念碑に刻まれている碑文は次のとおりです。

碑文
 茶業記念之碑
     鹿児島縣知事 重成格書
此地古田番屋峯は本縣茶業の先進地である惟うに本郡初代郡長牧野篤好氏が明治三十五年職を辞し郷土静岡に帰り本島が茶業の適地で将来性のあることを郷里茶業経営者に奨め移住勧誘に努めた結果明治四十二年松下助七栗田茂三郎松下清作の三氏静岡より移住番屋峯の山林を拓き茶業経営を始めたのが本郡に於ける製茶業の創始である。三氏は渡島直ちに事業開始をなし始終一貫心血を注ぎ茶樹の栽培製茶の技術等事業化と本島住者より傅えられている野生茶樹よりの自然製茶法を一新し立派な生業としての基礎を築くと共に本島が茶業適地たることを實証し普及した功績は永久に記念されねばならないその後静岡縣より移住者も増加し島民も茶業に対する知識技能を習得し経済的にも有利であることを認識し茶業振興に日夜協力し開拓に努めたため荒漠たる原始林地帯も緑のうねのもつ美しい集団茶園と化し本郡茶業先進地静岡縣に劣らない感況を呈した当時の栽培面積弐拾壱町歩収穫高壱万九千貫製茶工場拾参を有しその中番屋峯部落は集団茶園拾五町歩七工場を有し本郡産業の誇りとしての一大景観であった縣茶業組合会議所会頭樋渡次右衛門氏全国でも優秀茶業地区であると広く縣下斯界に宣伝し毎年のように視察団を送り縣下茶園の育成製茶技術の向上のために研究せしめた番屋峯一帯の茶業が縣茶業の支柱として茶業振興に裨益した功績は大きいと言はねばならない茲に茶業創始の先達並に番屋峯を中心として茶業振興に尽力した人々の功績を広く縣下内外に顕彰し茶業創業当時を偲び現下茶が貿易品として国家的重要性を持つことを全民衆に知らしめ茶業の再興を図り縣下茶業振興に貢献せる意図に於いて記念碑を建て功績を刻み不朽を傅える
        昭和二十五年四月十日
                鹿児島縣茶業振興会
                熊毛郡茶業振興会

碑文は以上です。文章の中で、?は不明文字、或いは変換不可能な文字です。なお、読み違いがあるかもしれません。

十三番鞍勇線番屋峯入口

十三番鞍勇線番屋峯入口です。先の交差点を左へ。

旧茶工場前交差点

番屋峯線です。交差点を右へ。なお、見えている建物は旧種子島茶生産組合茶工場です。

番屋峯公民館奥の茶業記念碑

番屋峯公民館の奥に茶業の記念碑。右は、移住記念碑です。

2014.3.18〜