ふるさと種子島 > 鉄砲伝来ストーリー > 八板金兵衛屋敷跡

かしはらの旧店舗の位置

種子島は海に囲まれているので、良質な砂鉄がたくさん採取され各地に製鉄所跡地も残っています。その良質な砂鉄があったからこそ国産火縄銃の開発も出来たのです。

現在の東町周辺には鉄砲鍛冶屋が軒を連ねていましたが、その中で種子島家の最も信頼のあった鍛冶屋は八板金兵衛でした。

その金兵衛の技術力に期待して、時尭公は火縄銃の国産化に成功していきます。その金兵衛の屋敷跡は、市内東町のかしはらの旧店舗の位置にあったといわれています。

聞くところによると、かしはらの先祖は、旧店舗位置で、鍛冶屋の元締めをしていたといいます。多いときは、月に二千本のハサミなどが持ち込まれていたという。

和田書店の店舗の片隅に、写真の標柱が建ててあります。普段はなかなか気づかない場所です。この石碑は、西之表市制30年を記念して建てられています。石碑がある場所は、風車前交差点を北側に行くと、和田書店の左隅にあります。

西之表市東町和田書店の左隅にある「八板金兵衛屋敷跡」の標柱です。

鉄砲鍛冶集落跡交差点周辺

西之表市東町国道58号線旧かしはら店舗と和田書店との間に「八板金兵衛屋敷跡」があります。左自販機横。

鉄砲鍛冶集落跡交差点周辺

玉川沿いのこの辺には鍛冶屋街で、最盛期には六十軒もの鉄砲鍛冶が軒を連ねていたという。

八板金兵衛屋敷跡

※ 2013年5月5日、西之表市榕城東町旧かしはら店舗付近にある八板金兵衛屋敷跡を撮影したものです。動画の中には、八板金兵衛屋敷跡周辺、八板金兵衛屋敷跡の標柱、付近の通りなどを収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島の名所・観光スポット:鉄砲鍛冶の巨匠であった八板金兵衛屋敷跡

2014.10.13〜