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慈遠寺唯一の証拠品である手水鉢

現在の八坂神社に、種子島家の祈願寺だった慈遠寺がありました。その慈遠寺の唯一の証拠品である手水鉢(ちょうずばち)が残されています。今で言う手洗い場だったのでしょう。

神社の拝殿前に大きな鳥居がありますが、この左側に、この手水鉢が置かれています。巾約1.2メートル、奥行き0.7メートル、高さ0.8メートルの大きさです。大きな字で「慈遠寺」と刻まれており、現存品はこれだけしか残っていません。

この手水鉢の位置については、「慈遠寺跡地」、「八坂神社」の写真で確認することができます。

島内第二の寺院だった華蔵山慈遠寺の唯一の現存品の手水鉢。

現在の八坂神社境内

現在の八坂神社境内です。手水鉢は鳥居左です。

手水鉢左下に刻まれた「寄附者 日誠」

手水鉢左下に刻まれた「寄附者 日誠」の文字。

手水鉢右下に刻まれた「正建寺 廿六世」

手水鉢右下に刻まれた「正建寺 廿六世」の文字。

慈遠寺の手水鉢
手水鉢に刻まれた「慈遠寺」

本源寺に次ぐ島内第二の寺が華蔵山慈遠寺であった。律宗の寺で、大同4年(西暦809年)に奈良の興福寺の末寺として建立された。鉄砲伝来時は、半年間南蛮船の乗組員が宿坊に長期滞在した。慈遠寺の唯一の残存品である。

※ 2013年4月27日、慈遠寺跡地の手水鉢を撮影したものです。動画の中には、慈遠寺の案内のパネル、手水鉢などを収録しています。

なお、YouTubeでのアドレスとタイトルは次の通りです。

種子島の名所・観光スポット:慈遠寺跡地の手水鉢

2014.10.16〜